AI知識創造アーキテクチャ:次世代SECIモデルに向けて
本稿では、生成AIの活用時に進行する知識活性化・内化・表現・昇格・環流のプロセスを再整理し、 人間/組織の知識創造とAIの知識生成がどのように接続されるのかを明確にします。AI暗黙知とBoKという二層構造を軸に、AI時代の知識創造スパイラル (knowledge creation spiral)を描き直すことが目的です。
生成AIリファレンス・アーキテクチャ
これはSimpleModelingにおけるAI活用の議論を進めるために、生成AI側のアーキテクチャと用語を明確化したものです。
本稿では、このリファレンス・アーキテクチャを起点として、 SimpleModelingにおける知識創造アーキテクチャを考察します。
生成AIリファレンス・アーキテクチャの以下のプロセスから構成されています。
知識活性化
プロンプト入力を契機に、事前学習パラメトリック知識 (Pretrained Parametric Knowledge)と検索知識基盤 (Retrieval Knowledge Base)を統合し、 AI内部で利用可能な文脈(コンテキスト)を形成するプロセスです。
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事前学習パラメトリック知識:AIが保持している事前学習済みLLM
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検索知識基盤:RAG (Retrieval-Augmented Generation, 検索強化生成)により検索可能な外部知識(SimpleModelingではBoK)Retrieval Knowledge Base: External knowledge retrievable via RAG (BoK in SimpleModeling)
これらをプロンプト (Prompt)と統合し、知識内化の前段となる文脈表現を生成します。
- 入力
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生成AIの文脈
- 出力
- 次プロセス
- 関連プロセス
知識表現生成
内化知識をもとに、文書・コード・構造化データなどの外化表現を生成するプロセスです。 生成された成果物は外部に出力され、人間/組織が評価し、形式知として扱われます。
- 入力
- 出力
- 関連プロセス
知識昇格
知識昇格は、生成や対話から得られた知識を再構成し、 事前学習パラメトリック知識へ永続的に反映するプロセスです。
- 入力
- 出力
具体的には次の手法が含まれます。
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微調整(Fine-tuning)
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蒸留(Distillation)
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外部知識の再体系化
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長期メモリへの蓄積
知識環流 (knowledge reflux)はSimpleModelingで導入した概念で、 生成AIが出力した文書・コード・構造化データなどの成果物から、 人間が価値を認めた知識断片をBoKに還流し、 AIが再利用可能な形式知として再編成するプロセスです。
ここでは主に次の作業が行われます。
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人間による編集・校正(Human-in-the-loop)
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BoK(JSON-LD/Turtle/SmartDox)への登録
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RAG向けインデックスの更新
これにより、人間とAIが共通に参照する形式知レイヤーが継続的に発展します。
AI知識創造アーキテクチャ
以下の図は生成AIリファレンス・アーキテクチャを基に作成した SimpleModelingのAI知識創造アーキテクチャ (AI Knowledge Creation Architecture)です。
事前学習パラメトリック知識は技術寄りの概念であるため、 より抽象化されたAI暗黙知を導入します。
AI暗黙知はAI内部に存在する暗黙知です。 直接外部から内容を確認することは難しく、何らかの刺激に対する反応によって 知識の存在が確認できるものです。
検索知識基盤はSimpleModelingではBoKで実現しています。 BoKは文芸モデル (literate model)を軸とした形式知です。
人間にとって理解可能な自然言語による知識が、AIが認識できる知識でもあることがポイントで、 人間とAIが共有できる形式知です。
生成出力から知識ベースへのフィードバックを生成AIリファレンス・アーキテクチャでは 「知識循環」としていましたが、AI知識創造アーキテクチャでは 成果物がBoKへ“戻る”プロセスである点を強調するため 「知識環流」の用語を採用します。
この知識活性化を基本軸に対して以下の2つの知識更新ループが構成されています。
この暗黙知、形式知の更新ループを包含した知識操作の全体を AI知識創造アーキテクチャと呼ぶことにします。
SECIモデル
SECI (Socialization Externalization Combination Internalization)モデルは、 暗黙知と形式知の相互変換を通じて新しい知識が創発するプロセスモデルです。
SECIモデルは以下の4つのフェーズから構成されています。
- 共同化
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暗黙知を共有し、共通体験を形成します。
- 表出化
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暗黙知を言語・モデルなどの形式知へ外化します。
- 結合化
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形式知を統合し、体系化された知識へと再構成します。
- 内面化
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外化された形式知を実践を通じて体得し、新たな暗黙知として取り込みます。
暗黙知、形式知の観点からは以下のように整理することができます。
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内面化 (Internalization)で形式知を組織や個人の暗黙知として取り込んだものを、共同化 (Socialization)で組織内の活動 (Activity)を通して共有し、組織内の暗黙知を形成し、表出化 (Externalization)で形式知にまとめる
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表出化で暗黙知を形式知として記述したものを、結合化 (Combination)で体系化された知識へと再構成し、内面化で暗黙知化する
これらは螺旋的に循環し、知識の創発につながります。
SECIモデルとの比較
AI時代の知識創造では、暗黙知は次の二層に分かれます。
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人間/組織が持つ暗黙知
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AIが内部状態として持つ暗黙知
形式知はSimpleModelingではBoKとして実現し、 人間とAIが共通に利用する形式知レイヤーを形成します。
BoKを介して以下のループが形成されます。
これは人間/組織とAIが共同して形成する知識創造ループ (knowledge creation loop)です。
暗黙知は人間/組織とAIの二本立てにならざるを得ませんが、 人間とAIがそれぞれ持っている暗黙知を共通の形式知として 表出することで、人間/組織側の暗黙知とAI側の暗黙知を 統合することができます。
以下では、SECIの各フェーズに対応する AI知識創造アーキテクチャのふるまいを確認します。
共同化
共同化のフェーズでは、暗黙知を共有し共通体験を形成します。
AI知識創造アーキテクチャにおいては、人間/組織がもつ暗黙知と、AIが内部に保持する暗黙知(AI暗黙知)が、BoKを媒介として間接的に共有されます。
この段階では:
という間接的・媒介的な共同化が成立します。
表出化
表出化のフェーズでは、暗黙知を言語・モデルへ外化し、共有可能な形式知として記述します。
AI知識創造アーキテクチャにおいては、次の2種類の表出化が生じます。
また、BoKという形式知レイヤーに両者の知識が集約されることで、新しい共有文脈が形づくられます。
表出化は人間とAIが共同して形式知を生成していく“ハイブリッド外化プロセス”になります。
結合化
結合化のフェーズでは、形式知を統合し体系化します。
AI知識創造アーキテクチャでは、次の結合化が行われます。
ここでは「AIが外化した知識」と「人間が整理した形式知」がBoKを中心として再統合され、 知識の構造がより深く、網羅的な形へと発展していきます。
内面化
内面化のフェーズでは、外化された形式知を暗黙知として取り込みます。
AI知識創造アーキテクチャでは次の二方向で内面化が生じます。
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人間/組織
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AI
内面化は、形式知が再び暗黙知へと変換されるプロセスであり、 AI知識創造アーキテクチャでは、人間とAIの双方で暗黙知が成長する二重構造の内面化が特徴となります。
人間側は実践知が蓄積され、 AI側は内化知識や昇格プロセスによって暗黙的重みが更新されます。
これによって、両者が共通のBoKを介しながらも、 それぞれ独自の暗黙知を発達させていく知識進化ループが成立します。
展望
参照
用語集
- 知識活性化 (knowledge activation)
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知識活性化(Knowledge Activation)とは、AIが入力されたプロンプトを起点として、外部のBoK(Body of Knowledge)やRetrieval Knowledge Base、内部のPretrained Parametric Knowledgeから関連する知識を呼び出し、思考の文脈(Context of Reasoning)を形成する過程である。 この段階は、AIが静的な知識を「可動化された意味空間」として再構築し、生成と理解のための準備を行う中核プロセスである。 知識活性化はKnowledge Assimilation(知識内化)に先行し、外部知識をAIの内部状態へ動的に取り込むトリガーとして機能する。
- BoK (Body of Knowledge)
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SimpleModelingでは文脈共有の核となる知識体系をBoK (Body of Knowledge)と呼んでいます。 BoKの構築は、知識の共有、教育、AIによる支援、自動化、意思決定支援を可能にするための基盤です。
- AI暗黙知 (AI tacit knowledge)
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AI内部に潜在的に保持される暗黙的な知識。重み・内部表現・推論パターンとして存在し、直接外化できないが生成出力として現れる。
- 知識創造スパイラル (knowledge creation spiral)
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知識が暗黙知と形式知の相互変換を繰り返しながら、螺旋状に拡張していくプロセス。 SECIモデルの中核概念として扱われる。
- 生成AIリファレンス・アーキテクチャ (Generative AI Reference Architecture)
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生成AIが内部で実行する知識活性化・内化・表現・昇格・循環の構造を整理したアーキテクチャ。
- 知識内化 (knowledge assimilation)
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RAGを通じてBoKから取得した知識を、一時的にAIの推論内部で取り込むプロセス。 セッション内の推論を強化するが、AIモデルのパラメトリック知識を恒久的に変更するものではない。
- 知識表現生成 (knowledge expression)
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内化知識をもとに、文章・コード・モデル・構造化データなど外化可能な形として出力するプロセス。
- 知識昇格 (Knowledge Promotion)
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BoKの構造化知識を再学習・ファインチューニングによりAIモデルのパラメトリック知識(PPK)へ恒久的に統合するプロセス。
- 知識循環 (knowledge circulation)
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Knowledge Circulation(知識循環)は、AIと人間のあいだで知識が生成・内化・表現・昇格を繰り返し、再び活性化される循環的プロセスを指します。 この循環は、AIが出力した知識を人間が整理・体系化し、SmartDoxサイトやBoK(Body of Knowledge)に再統合することで形成されます。 結果として、BoK全体が進化し、AIの知識理解と生成能力が継続的に向上します。
- 検索知識基盤 (Retrieval Knowledge Base)
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検索知識基盤(Retrieval Knowledge Base, RKB)とは、RAG(検索強化生成)が利用できるように最適化された非パラメトリック知識(Non-parametric Knowledge)の構造化サブセットである。 SmartDox文書・用語集・セマンティックメタデータを索引化して保持し、生成AIが明示的知識を文脈として参照できるようにする。 RAGとの相互作用を通じて、外部明示知識をAI内部の中間知識(Assimilated Knowledge)へと同化させる橋渡しの役割を果たす。
- 事前学習パラメトリック知識 (Pretrained Parametric Knowledge)
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生成AIモデルのパラメータ内部に事前学習によって埋め込まれた知識。 自然言語・概念・手続きなどの一般的理解を含み、外部入力がなくてもAIが推論や生成に用いることができる暗黙知を指す。
- パラメトリック知識 (Parametric Knowledge)
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パラメトリック知識(Parametric Knowledge)とは、ニューラル・ネットワークのパラメータ(重み)に埋め込まれた暗黙的な知識を指します。 大規模言語モデル(LLM)などが事前学習(pretraining)を通じて獲得した統計的・分布的情報を内包しており、外部知識ベースに明示的に記述されていない知識を表現します。 RAG(Retrieval-Augmented Generation)においては、外部の非パラメトリック知識(non-parametric knowledge)と対比され、LLM自身が持つ「暗黙値」として機能します。
- 検索強化生成 (RAG, Retrieval-Augmented Generation)
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生成AIが内部(パラメトリック)知識だけでなく、外部の知識ソースを検索してから応答を生成する技術。 RAGはまずデータベースや知識グラフなどから関連情報を検索し、それを文脈として取り込み、より正確で最新の応答を生成する。
- プロンプト (Prompt)
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RAGによって取得された知識を、AIモデルの推論プロセスに橋渡しするための構造化指示または文脈表現。 BoKに格納された構造化知識を、モデルが理解し行動・内化できる物語的/命令的形式に変換する。
- 内化知識 (assimilated knowledge)
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知識活性化によって生成された文脈をもとに、AI内部で意味的に統合された知識状態。AIにおける「理解」に相当する。
- 生成出力 (generated output)
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生成AIが知識表現生成プロセスを通して出力する成果物。 文書・コード・要約・構造化データなどを含む。
- 知識環流 (knowledge reflux)
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生成出力から価値ある知識を抽出し、BoKへ「戻す」プロセス。 外化された知識を形式知として再構成する循環動作。
- AI知識創造アーキテクチャ (AI Knowledge Creation Architecture)
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AI暗黙知とBoKを中心に、知識活性化・内化・表現・昇格・環流のループを構造化した知識創造アーキテクチャ。
- 文芸モデル (literate model)
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文芸モデル(Literate Model)は、モデル構造と自然言語による語り(構造化文書)を統合した「読めるモデル」です。 文芸的プログラミング(Literate Programming)の思想をモデリング領域に拡張し、 構造(モデル)+語り(構造化文書) を一体化することで、人間とAIの双方が理解・操作できる知識表現を実現します。 「Literate Modeling(文芸的モデリング)」という発想自体は、 これまでにも一部の研究者や開発者によって試みられてきました。 しかし、それらは主にドキュメント生成やコード理解の支援にとどまっており、 モデルと言語・語り・AI支援を統合した体系的なモデリング手法として確立されたものではありません。 文芸モデル(Literate Model)は、SimpleModelingがAI時代に向けて新たに体系化・提唱したモデリング概念です。 文芸的モデリングの思想を継承しつつ、 AI協調型の知識循環とモデル生成を可能にする知的モデリング基盤として再構成されています。 文芸モデルは、単なるモデル記述技法ではなく、 人間の思考過程や設計意図を語りとしてモデルに埋め込み、 AIがそれを解析・再構成して設計や生成を支援するための枠組みです。
- SECI (Socialization Externalization Combination Internalization)
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暗黙知(Tacit Knowledge)と形式知(Explicit Knowledge)の相互変換を螺旋的に繰り返すことで知識が創発するモデル。
- 共同化 (Socialization)
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SECIで暗黙知を共有し、共通体験を形成するフェーズ。
- 表出化 (Externalization)
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SECIで暗黙知を言語・モデル・図表など形式知に外化するフェーズ。
- 内面化 (Internalization)
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SECIで外化された形式知を暗黙知として体得するフェーズ。
- 活動 (Activity)
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アクティビティスペース内で実行される具体的な行為またはタスク。アルファをより進んだ状態へ移行させるために行われ、通常はワークプロダクトの生成や改良を伴う。
- 結合化 (Combination)
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複数の形式知を統合し、より体系化された知識として再構成するフェーズ。
- 知識創造ループ (knowledge creation loop)
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文書(SmartDox)、モデル(CML/SimpleModel)、語彙(Glossary/Category)、設計知識(BoK)を RDF により統合し、AI がそれらを参照して生成・改善した結果を再び文書へ反映することで成立する、AI時代の知識更新の循環プロセス。